編集長みづきの酔いどれハシゴ酒 FILE.002
三十路手前、独身。
静寂に潰されそうな夜から逃げるように、赤提灯を目指し、あの扉を開ける。
マスターの「おかえり」に滲む孤独。
日本酒に溶かす寂しさと、さつま揚げの温もり。
この小さな灯りだけが、きっと私の居場所なんだ。
静寂から逃げるように、あの灯りを目指す。
相生一丁目の夜は冷ややかで、どこか他人行儀だ。仕事を終えた私は、今日も寄り道をする理由を曖昧に探している。
鍵を開けた先にある、誰もいない部屋。冷蔵庫の残り物を温めれば、見かけだけの丁寧な暮らしは演じられる。けれど、そんな正しさで満たせるほど私は強くない。静寂に押しつぶされそうな夜ほど、足は勝手にあの店へと向かってしまう。
「そつのんごろ」――。
扉を開け、いつものカウンターに腰を下ろす。マスターと日本酒のグラスを合わせる瞬間だけが、宙ぶらりんな私を現実に繋ぎ止めてくれた。
グラスを傾けた後に溶け出す、不器用な本音。
「お疲れさん」
その一言を待っていた。張り詰めていた糸が切れ、私は仕事の愚痴をこぼし始める。最初は上品さを装っているのに、酒が喉を焼くたびに声が大きくなっていく。
「もう、隣の女上司のエンターキーの音がうるさいんですよ……!」
本当は、そんな些細なことに怯える自分が一番情けない。けれどマスターは、ただ静かに笑って相槌を打ってくれる。
彼が真剣に怒るのは、都合のいい男に引っかかった時だけ。一人で来て、一人で帰る。その間のささやかな温もりだけが、今の私に許された贅沢だった。
苦味と甘味の間で、微かな期待を明日に抱く。
「はい、これ」と出されたさつま揚げを口に運ぶ。今の私には眩しすぎる甘みが広がった。黒豚餃子の大きな羽根は、孤独な心をそっと包み込んでくれるようだ。一番胸を締め付けたのは、レタスのぬか漬けだった。しんなりしていても、芯の部分だけは頑固に残っている。……まるで、擦り切れながら生きる私みたいだ。
家に帰ればまた一人きりの闇。それでもこの店で吐き出した溜め息があれば、明日もなんとか生きていける。独身女の物憂げな夜を、日本酒の熱さが静かに溶かしていった。




薩摩酒房 そつのんごろ
| 住所 | 甲府市相生1丁目1-11アカオビル |
| 営業時間 | 18:00〜24:00 |
| 定休日 | 日 |
| @sotunongorogoro |
