編集長みづきの酔いどれハシゴ酒 FILE.001

グラスの縁についた水滴を指でなぞりながら、私はまた一口、琥珀色のそれを喉に流し込んだ。「大衆酒場 甲府会館」。相生2丁目の路地裏。この場所に辿り着いたのは、ただ一人になりたかったから。でも、本当は一人でいることに耐えられなかったから、なのかもしれない。
昨日までの私には、隣に笑い合える人がいた。けれど今日、私の肩書は「彼女」から、ただの「29歳の独身女性」に戻った。スマホの画面を伏せ、こじんまりとした店内を見渡す。そこにあるのは、赤い提灯に照らされた、どこか泥臭くて温かい「昭和」の風景。かつての「会館飲み」を再現したというこの場所には、インスタ映えも、着飾った建前も存在しない。
ホルモン天ぷら、どて煮、そしてカウンターに並ぶおばんざい。私の空っぽの心を埋めるには十分すぎるほど旨い。隣では見知らぬダンディが上機嫌で語り、向こうでは仕事帰りらしきヤングたちが声高らかに笑っている。ここでは年齢も性別も、失恋したばかりという惨めな境遇さえも関係ない。ただの「酔っ払い」という記号になれる。それが今の私には、何よりの救いだった。
「お姉さん、これ旨いよ」
店主に勧められた、揚げたてのそら豆の唐揚げを頬張る。サクッとした食感の後に、少しだけ塩辛い味が広がった。涙の味かと思ったけれど、きっとお料理ソルトのせい。会話こそが最高の肴だという店で、私は誰とも話さず、けれど店内に満ちる賑やかな空気に背中を預けている。
少しずつ、自分を縛っていた糸を解いていく。昭和の時代、人々はこうして夜を越えてきたのだろうか。ただ目の前のグラスと向き合う。明日になればまた日常が始まるけれど、今夜だけはこのレトロな喧騒に紛れて、私の小さな失恋を酒と一緒に飲み干してしまおう。
会計を済ませ、暖簾をくぐる。夜風が火照った頬に心地いい。甲府の路地裏には、まだ昭和の優しさが残っていた。




大衆酒場 甲府会館
| 住所 | 山梨県甲府市相生2-6-1 |
| 営業時間 | 14:00 – 22:00まで通し営業 ※おばんざいが売り切れの場合は早仕舞いあり |
| 定休日 | 不定休 |
| https://www.instagram.com/kofukaikan/ |
